『 出会いに感謝 』

礒村 安倫

猪子 進

香川県高松南倫理法人会 幹事
有限会社猪子デザイン研究所 代表取締役

【プロフィール】
昭和27年3月生まれ
昭和45年3月 中京商業高等学校 卒業
昭和53年    有限会社猪子デザイン研究所 設立
平成19年    香川県高松南倫理法人会 入会

レポート
私は、グラフィックデザイナーとして会社のシンボルマークやポスター、パッケージを作り会社のイメージ統一をする仕事をしたり、ホームページの作成、キャラクター作成などを行っています。

昭和27年3月高松で生まれ、父親は当時県庁に勤めていまして、母親は専業主婦。
3つ上の兄がいます。ごく普通の家庭でした。

 

中学校の時に、全国の陸上大会があり、棒高跳びで出場し全国4位に入賞。そのお陰で中京商業に陸上の特々待生で入学。一生懸命練習し、高校3年生の時の全日本の大会で全国ベスト8に入るも上位の選手との体格差を痛感。本気でオリンピックを目指していたがその大会を最後に棒高跳びを諦める。

高校3年の時にグラフィックデザインという仕事をしようと決心した出来事があった。私は寮生活をしていましたが、スポーツ特待生として私と同じように15、6名が全国から来ていました。その寮の2階には中京短大の女子学生が入っていました。年齢は私とそんなに変わりませんが、女子学生がすごい大人に見えました。

女子学生の中でも凄い綺麗な憧れていた人がいて、その方から1階の食堂に呼び出されて「ポスターを描いて欲しい」と頼まれる。高3になったときデザインの本を買ってデザインの勉強をしていたが、そのことが噂で広まっていたようで、頼まれることとなった。好きな憧れの女性から頼まれたので一生懸命何日かかけて描き上げて持っていったところ、すごく喜んでくれ果物やお菓子をいっぱいくれた。

 

それまで、人から感謝されることは無かったのでデザインはいいなあ、こんなに人が喜んでくれるんだと思う。何週間か経ってまた憧れの女性から呼び出しがあり、会うなり「この前のポスターが、短大祭のポスターに採用されたんよ」とまた喜んでくれ、お菓子を一杯頂く。自分はそれを聞いて、自分が世間に認められたと感じ、天にも昇る気持ちになった。

 

デザインは絶対いいなと思ってその後のデザインに深く関わる大きなきっかけとなった。高校卒業後高松に戻り、県庁に勤めていた父親がデザイン事務所をやっていた
ので入る。

 

父親はその昔、東京のカワベ書房という所で、デザインしたり、文書書いたり、絵を書いたり、いろんな事をしていた。やがて戦争でニューギニアに行き命からがら戻ってきて、東京は焼け野原だったので高松に戻ってきた。

しばらくして、県庁に勤められて、やがて落ち着いた頃、東京に日本デザインセンターが出来たが、四国にもあっても良いだろうという事で始めたようです。父親の会社に潜り込んで安気に仕事をしていました。当時、百間町におしゃれな喫茶店があって入り浸っていたが、そこに吉田さんという方と知り合いになる。

 

その方は自分は「実業家になる」と目標をしっかり持っていた。私が27,8の頃、その彼が百間町に4階建てのビルを建てた。1~3階はテナントで、「4階は猪子君のアトリエにしたらいい」と言っていた。私は当時、神戸によく行っていて、神戸にはタウン誌が発行されていて、高松にもあったらいいなと「作ろう俺たちの街!NAICETAWN出版」を設立した。

 

吉田さんが社長で私は取締役で始める。この1年前、父親と大喧嘩して飛び出してもいた。その頃、浜野吉安宏さんの『人が集まる』という本を読んで感化される。(状況を変えるのは自分。待っていても誰も何もしてくれない)、香川県を若者文化のメッカ、街にする!と強く思う。

 

今から丁度40年前の話ですが、浜野安宏さんにご挨拶に行ったところ、バックアップして頂き「NAICE TAWN」の巻頭の特集に協力して頂く。その後、いろんな方にお世話になりながら、仕事は大変で体が持たなくなる。

自身は、デザイン事務所を設立し、そちらが忙しくなり、NAICETAWNを10年で完全に手を引く。

ある時、東京から仕事の取材を受ける事があり、東京から来たその方から「もっと自分をアピールしなさい」と言われ、その後のデザイン人生が大きく変わった。「じゃあ、展覧会に出そうか」という事になり、フィンランドで2年に1回開かれるポスター展に出品し、入選する。

 

その後、結構な反響があり、お手紙やお仕事の話を頂く。自分では考えられない事が起こる。その後、バブルがはじけて大変な時期に突入する。その頃、倫理法人会と出会う。中小・零細企業の経営者の方々との接点が大事と思い、即入会する。会では色々いい話をたくさん聞かせて頂き、単会の方々には大事に育てて頂きました。
今では倫理にどっぷり漬かっています。

 

(~倫理指導のお話し~)
ご静聴ありがとうございました。

 

 

会長談
特別な才能を持たれた猪子講師ができあがるまでのお話、高松南の広報誌の大半をやられてましたね。高松も真似させて頂きました。倫理法人会に入られて真摯に向き合い、多くの事を吸収され、模範的な倫理実践者(マスター)だと思います。ご講話、ありがとうございました。(高松南から14名の応援団が来られていました。)

 

★モーニングセミナー参加者: 59社、65名でした。